2014年 工房通信


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- 2014年6月 -
緑したたる季節に……

 久々にペンをとりました。

 もうすぐ暦は7月になります。昨年連載を始めてから今年の2月以降、訳あってしばらくの間このページを中断しておりましたこと紙面を借りて読者の皆様におわび申し上げます。
 2月から5月にかけてギャラリー担当の家内そして私と、船に例えれば交互にドッグ入りという状況が続き、今月からようやく多少は心身共に余裕が出てきた感じです。さすがに人間50年も生きていると、体力と精神の均衡を保つのについジタバタしてしまい、この頃は何となくその辺りの事情を自分なりに納得して、もう少しゆったり構えねばと思っているところです。

 さて今日は午後から工房の染色室の裏庭で綿糸の藍染めをしました。カンカン照りでもなく、かといって湿度もが多い訳でもなく穏やかな日和、建物の間をそよそよと吹きぬけていく山の風がとても心地良い屋外での染めでした。作業をしながら、ふと工房の北側に面した山手の景色に目を移すと、初夏の鮮やかな色とりどりのトーンが交じり合った爽やかなみどり色が建物と建物の間の視野いっぱいに広がっています。この感じは人間の年齢でいえば30代位か……?などと、色の階調をついつい人生に当てはめてしまうのは年のせいか、はたまた私の想像力が貧弱になったせいでしょうか?
 春のやわらかな黄味がかった緑と、これから盛夏に向かって黒味を増す力強い深緑の丁度真ん中が今頃のグリーンです。今日のように明るい薄曇りの空、こんな光のときにはみどりが際立って美しく見えるものです。  それにしても、私の眼前のそこにはいつもきれいに草を刈って整えられた土手と畦の間に、満々と水を湛えた山合いの田んぼがあり、日々の事とはいえ、山合いでの暮らしは夏も冬も几帳面でないと続けられないという事がよく判ります。

 さて、いま丁度私のギャラリーでは6/21(土)から始まった東京都東大和市の版画家、平岡望見さんの木版画展を開催中ですが、昨年辺りから体調を崩し、入院中だった彼が今日亡くなったと連絡が入りました。65歳でした。本当は今回の展覧会は本人も楽しみにしていたとご家族の方から伺っていましたが、平岡さんという人を知っているだけに、私もものづくりの人間として何だかやるせないものがあります。
 平岡版画の特徴をと問われれば、生前の人柄同様彼の誠実さがじわ〜っと前面に伝わってくる暖かな作品群であるということです。彼が感じた日々の暮らしの中のふとした物事や、自然の中での小さな発見と驚きは平岡さんの眼、心、そしてその手を通して版木の中に一枚一枚映しとられ、それぞれが何気ない、けれども何にも変え難い大切な平岡さんの心象風景日記、あるいは人生のもう一つのアルバムなのです。白髪交じりの真ん中分けの長髪を指で耳の後ろにかき上げながら、キラキラと子供のような目でお話しをするおだやかな笑顔の平岡さんがそこにいます。生きている事の幸せ、あるいはより良く生きるためのそのヒントが、版画の中に彫り込まれた文章の中に垣間見えますが、かといって主張もしません。
 人生は、生命は一人一人のものです。けれど誰かのものでもありますね。彼の版画が私たちに問いかけているのは、今を生きるという人間としての基本的な姿勢なのかなと私自身は解釈しています。非常に残念ですが、仕方ありません。とても悲しいのですが仕方ありません。ただただご冥福をお祈りしています。
 もう摺る人がいなくなり全てが遺作となってしまいました。せめて、このHP読者の方々にはぜひ会場に足を運んでいただいて、平岡さんの世界をじっくり見ていただきたいものです。地元の新聞河北新報に掲載された記事の中でもお伝えしておりますが、今回特別に奥様の御了承を得て、会期を一週間延長いたしました。6月からのこのページの中で、平岡さんの事をお話できてうれしく思います。

 7月のHPでまたお会いしましょう。

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- 2014年1月 -
再びの白

 新しい年が始まりました。とはいえ本当の事を言えば昨日の延長なのですが、どうも我々人間という生きものはどこかで一旦精神を再起動することで、日常に於ける平静を保とうとする癖があるようです。生物学的側面から見ると、私達が広く一般に心と呼んでいる脳のある範囲に加わる内外からの様々な刺激を一定周期毎に、或いはランダムにかように上手く躱していくという行動も、「忘れる」という機能同様高度に進化した人類という種の生き残り策だったのかも知れません。……などと新年早々、この頃頻度を増した私自身のもの忘れに言い訳をつけて、2014年最初の日々の草々が始まります。

 それにつけても忘れてはいけない事が世の中には沢山あり過ぎて、日本で暮らす我々も新年のリセットでは済まされない大事なことは、遠い未来を見据えつつキチンとその心の中に刻んでおかないといけませんね。

 昨年クリスマスに友人の女性写真家が若くして病に倒れ亡くなりました。私の初期の個展DMやギャラリーの催事DM等の写真を手掛けてくれたり、レンズを通した自分の世界観を持った才能豊かな人でしたが、運命とはいえ今回の訃報は悔やまれてなりません。以前から、この拙文に毎回一葉の写真を付けてもらいたいなぁと考えていた矢先の事でもあったのでなおさらでした。今となっては、残された御家族の幸せと、彼女のご冥福を祈るばかりです。奇しくもクリスマスが命日になってしまいましたが、いずれ同じ道を辿る身としては、少し羨ましくもあります。きっと神様のご配慮ですね。おつかれさまでした。

 さて、先月のこのページでは白がテーマでしたが、今回も前回同様「白」を取り上げない訳にはいきません。いま私の工房へ向かう山道も里山も一面の雪化粧で白一色、山田も畑も丘も緩やかな曲面を描いて、本当に本当に大きな一枚の柔らかで極上の真白な布が真上からふわりと掛けられたように見えます。ほんのりと温かみさえ感じてしまうこの感覚は何だろう?と考えてみるに、天然だから……としか答えは出せません。それとも自分が雪の方に寄り添っているせいか?毎朝夕2回の工房の除雪作業で結構、雪に痛めつけられている割には、のんきなものです。少し陽が緩むと先程の野山の雪面には傾斜や勾配に合わせて美しいドレープが現れます。本当に布のようです。この白を汚したくないと一瞬思ってしまいます。白が白たる所以でしょうか。太古の昔から、人間に与えられた神様の記憶は、まだ私の心の中に残っているのかも知れません。

 今年はどんなきものをつくろうか、この白い世界で私の頭の中を様々な色たちが巡っていくのが見えます。

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