2013年 工房通信


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 皆さん、こんにちは。大変御無沙汰しておりました。笠原です。

 さて、当初藍學舎のHPを開設するに当たりましてはギャラリーの催事の告知や作家の紹介は勿論のこと、私が主宰する染織工房での日常の一コマを切り取って、定期的に発信するページなどもつくっていきたいと考えていた訳ですけれど、しかして、いざフタを開けて見れば自分のつくった車のスピードについて行けないドライバーよろしく相変わらずいつものようにテクテク歩いている自分がそこに居て、そうこうしている内にあっという間の数年が過ぎてしまいました。いつ開いても中身(特に工房の・・・!!)が変わらんというユーザーの声に背中を押され、このたびようやく染織家笠原のコーナーを新装開店いたしました。何せその間いろいろな事がありましたが、特に国展に出品している一人の作家としての身の上も、この5月におかげさまで会員推挙となり、つい最近まで準会員だとばかり思っていたお客様からはそういう事はちゃんと報告せい!!というお叱りを受けたばかりでした。とはいえ、ポン!とシャンパンの栓を抜くように一夜にしてそうなった訳ではなく、私がこのコラムを長い間ダラダラとサボっている間の出来事ではありました。(皆様に御報告が遅れ誠に申し訳ございません)

 前置きはこの位にして、まずはこの新しいコーナーの題名を読者の皆様にお知らせいたします。工房通信「日々の草々」というタイトルになりました。その名の通り、工房での日常に感じたことがらを短いエッセーにまとめて毎月お届けしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

- 2013年8月 -
東北工藝事始め「新風展」

 今年は八月に入ってようやく東北も梅雨が明けました。が、相変わらずあまりパッとしない夏空です。震災以降の東北は、この梅雨空のように依然曇りがちの雰囲気が漂っていますが、1日も早く人々の間に明るい晴れ間が覗くと良いなと思います。

 さて、私共のギャラリー工藝藍學舎ではいよいよ今夏も「新風展」を開催いたします。2010年に始まったこの会も今回で第4回を迎えましたが、そもそものきっかけは以前から続けてきた毎秋恒例の「北杜工藝展」でした。日本の工芸の発展と躍進を願って、主に東北で頑張って良い仕事を続けている、いってみれば油が乗っている新進気鋭の工芸作家たちを集めた作品展がその原点にあります。回を重ねて何年経った頃でしょうか、ある年にふと私の心を過ぎった「このまま出来レースでいいのか?」という想い。これは同じ土俵に立っている染織家としての私への問いかけでもありました。「北杜工藝展」は東北という内から外(中央)へ向けて広がる流れをつくるための運動の拠点として、立ち上げた会でした。そんな彼等も今ではそれぞれの分野で既にベテラン作家として活躍しています。
 私事になりますが、30才で独立して宮城に戻った当初、この東北という地で一番悩んだ発表の機会や場所、そして工芸分野に於ける染織という仕事への理解やアピール等、これら数々の問題をどうやって解決していくのか、今にして思えば実に考える事の多いスタートでした。それでも考えながら走るしかないフィールドゆえに、なるべく躓かぬように今日まで走り続けてきた日々だったような気もします。
 しかしこの原点への回帰こそが実は「新風展」のはじまりなのです。これから東北で工藝の道を志す若い作家たちのために少しでも我々が応援出来る事はないかを考えています。とはいえ、そういう私たちも彼等より何周か多くトラックを周っているに過ぎませんから、スタンドからというよりは彼等の側を併走する程度の事かも知れません。東北の若い工芸家による工藝展、これからの日本の工芸界に新しい風を吹き込むための仕掛け「新風展」はそんな想いをカタチにした展覧会です。このHPの読者でもある工芸ファンの皆さん、ぜひぜひ会場で彼等の仕事に直にその目で解れて下さい。会期中はそれぞれに各自が在廊の時間を設けて、なるべく皆さんと接する機会をつくるように配慮しております。ものづくりには常々幅広い視野が必要であると私自身は思っていますが、見る、聴く、話す、考える その全てが作品をつくり上げていく上での力になるものです。どうぞ会場で彼等に気軽に話しかけて下さい。何気ないお客様との会話が実は彼等の新たなステップへと繋がっていくと思います。
 最後にこの会のユニークな取り組みをご紹介しておきましょう。「新風展」では毎年、「北杜工藝展」出品作家の中からお一人の先輩を招待してその作品を会場に展示していますが、毎回前述の先輩作家を囲んだシンポジウムと交流会を開催して、現場の生きた理論を学んでいただく機会をつくっています。私たちは本当はこういう勉強も必要なのです。第4回「新風展」で工藝の新しい息吹を感じて下さい。作家一同心より皆様のお越しをお待ち申し上げております。

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- 2013年9月 -
藍のおはなし

 毎朝通う工房への道すがら、その途中に田んぼの中を一直線に西に向かって延びる農道があります。周りは見わたす限りの田園で、今頃の時期はまだ青々とはしているものの、あのお米特有の香りを漂わせた稲穂が初秋の風に揺れながら、今年も良い実がなりましたよサワサワ、甘いですよサワサワと囁きかけてくる声が聴こえてきます。自然に囲まれて暮らすとはこういうこと、オリザの話す言葉も不思議と判るようになるものです。

 暦の上では早や立秋も過ぎましたが、私の工房では今年初めての藍建てが始まっています。8/19朝、工房の藍染場にある4本の甕の内、2本に原料の?(すくも)を投入。私の藍の仕込みはシンプルそのもの、用いますものは?(すくも)・灰汁・石灰・ふすまにお酒、江戸の昔と何ら変わっておりません。後の事は、藍の神様が万事よろしく取り計らってくれます。
 久々に嗅ぐ仕込んだばかりの藍甕から香り立つ刺激的な臭い、相変わらず両の目から泪がじわぁっと滲んできます。乳酸発酵によるアンモニア臭がその正体ですけれど、これだけは本物の藍建てをやっている人間にしか味わえない至福の時間でもあります。とは言え、好みの問題もあり万人が好む臭いでない事は確かです。この香りをこれから先天然を主体とした染織の道を志す人に、果たして自分がなれるかどうかの通過点のように思い詰める方もおりますが、それって半分当っています。かなりの人がこのイニシエーションに二の足を踏みます。
 以前私の工房を訪れた方で、鼻と口を押さえたまま藍染場へ一歩も入れなかった人もいました。ただ、しかし敢えてこれだけは言わせて下さいね、決してくさやとかシュールストレミング(北欧のイワシの発酵食品)のような類の異臭?(くさやを作っている人、好きな人ゴメン・・・・・・)ではありません。ある意味、人間味のある臭いといえば良いでしょうか・・・・・・。まあ、あまりこれ以上書くとこのコラムも炎上の恐れがあるのでこれ位にしましょうね。ただ、先に藍建てはシンプルと書きましたが、実にこれがシンプルゆえに色(視覚)、香(臭覚)、感触(触覚)そしてときには味(味覚)と人間の五感を研ぎ澄ませて藍に向き合わないと、つまり藍の考えを読みとらないと失敗します。私たちは、これを藍の機嫌を損ねると言いますが、彼女(私の工房のスタッフは藍は絶対女だ!!と言っております・・・・・・)たちに嫌われるとしばらくの間、相手はウンともスンとも言わず沈黙したまま、つまりは藍建ては不完全なまま止まってしまい、染める事が出来なくなってしまうのです。恐ろしい限りです。
 そんな訳で(・・・・・・どんな訳?)さて、今年はどんな具合の藍色になるのでしょうか、仕上がりが楽しみです。結果は作品展で・・・・・・というところで乞うご期待!!藍のおはなしは、また機会を見て折々に紹介したいと思っています。

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- 2013年10月 -
秋の気配

 私の工房の周りは四方をグルリと里山が取り囲んでいます。その山々が近頃、イソイソと秋の衣替えを始めました。我々人間はというと、ついこの間まで半袖だった日々がまるで遠い過去になってしまったかのように、昨今は朝晩の肌寒い空気に身体を震わせています。
 そういえば、日中でも日陰に長いこと居るとお日様が恋しくて、秋桜みたいに明るい方へ出て行きたくなります。秋の訪れはいつもある日突然で、春のようにジワジワジワジワ優しくやって来ないところが、私的には好きです。かくれんぼをしていて、上手く隠れたつもりで油断しているところをいきなりめっーけ!!という具合、あのドキッと感を次のワクワクに向けて楽しんでいた頃を思い出します。
 少し話題が逸れますけれど、私は個人的にアメリカ文学が好きで、あの国の歴史の浅さが文学というジャンルにも反映しているせいか、買ったばかりの本の扉を開いた瞬間パッと目に飛び込んでくる真っ白なページのような、そんな新鮮な感覚に惹かれて、若い頃の私はいつもついついアメリカ文学のサインが表示された書架の方へ行き、その本棚に手を伸ばしていました。勿論その中にはSFも当然入っていて、私のSF好きはその頃からのものです……恐らく。中でも白眉はレイ・ブラットベリ、フィリップ・K・ディック、J・P・ホーガン、etc……。その中身を開けるとスペースオペラからファンタジー、ハードSFと実に守備範囲も広いのですが、特に前述した筆頭のブラットベリはSF以外の代表作もなかなかのもので、私の一番好きな「たんぽぽのお酒」、最近出たその続編(彼の年齢を考えるとそれ自体スゴイけど)「さよなら僕の夏」あたりは自分の少年時代の精神状態に瞬時に繋がって、何回読んでも未だに胸がキュンとなってしまいます。S・フィッツジェラルドの「グレートギャツビー」やサリンジャーの「キャッチャーイン ザライ」も同様、私のタイムマシンです。
 結局ここで何がいいたかったのかといえば「秋」は昔から私にとって自分の天然青春復活装置のような現象を誘発してしまう季節であるということが判ってきたんです。こんな風に書くと何だか春の夜のネコみたいで中年の発情期か?と誤解されかねないので、もう少しファンタジックな表現にしたいと思います。所謂、単純な躁状態という病的なものではなく、狼男的なブラックマジックでもない、もっとシンプルに宇宙にリンクしているという感覚とでも言うのでしょうか?具体的に一例を挙げると11月の半ば頃、空気が澄んで凛とした月夜の晩などは特に背中に翼が生えて、5〜6m助走ダッシュしたら空を飛べそうに思う(……やはりコウモリ男とかそっち系か?)とか、ハラハラと舞い落ちる落ち葉を見ているとダンスしたくなる(……危ない危ない)とか、まあいろいろある訳です。
 私が恐らく世間一般的に何とかなっているのは、ものを創るという仕事をしている事で、他の人より多少社会的に許されている部分があるのだろうなという逃げ道を確保した辺りで、今月のペンを置きます。

 最後になりましたが、今回は目次 " 催事 " をクリックすると10/20(日)〜27(日)まで京都で開催される当ギャラリーの「新風展」遠征の情報の詳細が載っています。ぜひそちらもご覧下さい!!

 来月はいよいよ11月に突入、私は一体どういう事になっているのかお楽しみに…。

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- 2013年11月 -
busyな憂鬱

 いくら忙しいといいながらも既にもう月半ばをとうに過ぎ、危なく今月はこのコーナーに穴を空けそうになりました。読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。
 今月は月初めから私のギャラリーで恒例の年に一度の北杜工藝展があり、17日と24日は2回連続で薬莱山の麓にある加美町の温泉施設「やくらい薬師の湯」で開湯20周年行事へのイベント参加がありと、週末毎にてんこ盛りで催事が重なってしまい、なかなか落ち着いてペンをとる時間がありませんでした。
(言い訳です……)

 ところで、今月はこちらも例年より10日程も早く初雪が降り、工房の周りは10cm位積もりました。初めてにしては些か多いなぁという感じなので、この先の本格的な冬の到来を考えると少々気が滅入ります。
 考えてみると、私の工房がある里山周辺は1年の内5ヶ月位は積雪期という計算なので、なかなか侮れません。まして、今年は山の紅葉がいつになく美しかっただけに、何となく名残惜しい秋ではありました。

 さて、久しぶりに最近の私の仕事事情をお知らせしようと思います。
 まずは「染め」ですが、実は私、以前からライフワークで型染めを少々やっていて、昨年の北杜工藝展では小品ですが、ふるさとの山々をテーマにして藍型染めの額絵を出品しました。来場された方々には好評で追加予約をいただいておりましたのに、今ようやく手掛けている状況です。相変わらず仕事が遅い笠原をここでまたアピールしてしまうことは果たして良いことなのだろうか?と自問自答しつつ、変な気詰り感に苛まれながらもう、このまま「織り」の話題にしようかどうしようかなどと姑息な事を考えたくなります。
 「織り」はですね(えっ?!!マジ?本当?)今は黒染め糸で、すくいの柄を入れた名古屋帯をせっせとせっせと、実にせっせと織り進めていて、おたいこの文様は、それこそこの日々の草々のように心のおもむくままを一段一段積み重ねながらつくり上げています。普段の織りは、直線的なタテ糸とヨコ糸が交叉する作業の連続ですから、すくい織りの曲線を含めた自由自在な線は、織っていてもまた違った楽しみがあります。近いうちに、そのうちどこかでお披露目の機会もあるかと思いますが、その節には皆さんにもお知らせいたします。

 そのような訳で、どうぞ今後も懲りずにこのコーナーを引き続きご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。

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- 2013年12月 -
始まりの白

 師走に入り、工房ではもう何度目かの雪が降っては積もり、融けてはまた降り、そろそろ本格的な冬の到来です。月初めの晴れた日に、工房周りや建物の雪囲いを終え、冬の備えはしていましたが、今年はいつもより早めに済ませておいて正解でした。久し振りに雪囲いの板が中庭に面したサッシ面を塞いでしまったので、工房の廊下や居間は日中でも薄暗い空間となり、来年の3月頃まではこの仄明かりの中で仕事を続けねばなりません。

 話は全然変わりますが、昔々中学生だった頃、私は科学委員というのをやっていて、これは1年のときに突然科学の先生からこのクラスではおまえだと指名されて3年間この役に従事(奉仕?!!)するというシステムでした。いま思えば恐らく、長年この学校に務めていたこの眼光鋭く、柔道部顧問で校内一恐いと皆から怖れられていた科学教諭が考えた彼なりの伝統のようなものだったかも知れません。理科準備室はこの部屋にデスクを持っている彼と我々科学委員の占有空間で、先生はここで時々我々にコーヒーをすすめてくれたりしました。(個人的には皆が思うほど恐い人ではなかった気がします。)実験準備室の一角には2畳程の暗室があり、本来は発芽実験など生物系の授業で使用するはずの部屋でしたが、冬の放課後などはここに電気ストーブを持ち込んで、暗室ならぬ暖室をつくり、委員とは全然関係のないクラスの友人達も集まって、くだらないおしゃべりばかり、中でも学校のすぐ近所に住んでいる友達が自宅からみかんやお菓子を持ってくるので、何やら怪しい茶の間化したその暗幕と裸電球の小部屋は、しかし健全とも言いがたい「プラトーン」という映画に出てくる兵士たちの危ない集会所という雰囲気で、生意気盛りの中学生には密度の濃い空間だったような気がします。冬は電熱器に蒸留水を入れたフラスコで湯を沸かしてコーヒーを飲み、夏は炭酸水素ナトリウム、クエン酸、ブドウ糖、蒸留水で自家製サイダーをつくってノドを潤し、現在医療に従事している友達は勝手に実験道具を出してきては電気分解や真空放電の実験をするという……何ともはや当時の教師と生徒の信頼関係は厚かったなぁといまさらながら感慨深いものがあります。でも本当はこういう事をしてはいけないんですけどね……言い訳になりますが、私が携わっている染織という仕事の染色に関する領域は完全に化学なので、当時の経験も多少は役にたっているのかも……。それにつけても、本校舎から離れた別棟の放課後の科学室は白衣を着た坊主頭の少年達のパラダイスだったんです。全てが良いとは思いませんが、といっても悪いとも言えません。自分で考え、行動するってこういう教育なんじゃあないかなあなどと、ふと陽の射し込まない廊下ではるか昔の記憶を辿っている自分がいました。白衣に象徴される白はこれからどんな色に染まっていくのかという、始まりの色です。

 まっ白な正絹の束を染色棒に掛けて、左手に持った瞬間、身も心も引き締まります。いま外は同じく全て白い世界です。来年の春はどんな色になるのか、自分の人生も含めて、それが人々の新年への期待に変わっていくのかも知れないと思う師走のとある1日でした。

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