2009年 工房通信


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櫻便り
- エピローグ -
 今年は、昨年の秋以降アメリカに端を発した金融恐慌や原油高騰など波瀾含みの幕開けとなったが、同じように不安定なのは世界情勢だけではなく、環境面にもその兆候が現れはじめているように思える。もはや世界の気候も、悪い意味で確実に負の側面にグローバル化しつつあるのだろう。勿論、これは一番身近な私の工房付近の里山もその例外ではなく、年を追う毎に、さまざまな形で表面化しているのだ。
 3月初旬、いつもなら冬中積もった雪が1メートル以上も残っている染料となる榛の木の林へ出かけてみると、残雪はわずか30〜40センチ足らずで、これまで高枝剪定バサミ一丁で十分だった榛の実の採取も、今回は脚立を使わないと難しそうだ。
 榛の木は背の高い落葉樹なので、私はこれまで根雪の嵩も足場代わりに利用していたのであるが、下見の後は、改めて高校一年になる息子とその友人を従えての染料採取となったのである。
 2009年春、私の工房の染料採取は、こうしてスタートすることになった。
- 山櫻を採る -
 私が染料に用いる櫻は何種類かあるが、通常はいわゆる里山に自生している山櫻を採取している。冒頭述べたように、今年は異常に雪が少なく、例年私が採取している里山の雑木林も又殆ど雪が無く、一面落葉と熊笹の地面が広がっている。数年前は、確か50〜60センチは残っている雪の上を慎重に歩を進めながら、山櫻の根を掘るようにして切り出していた場所だ。確かに作業はやり易いが、反面何となく違和感を憶えているのは、人間の私だけだろうか?。
 例年なら、まだ雪におおわれている採取地の一つ。今年は殆ど地面が見えている。これまでの経験値を元に、どの山桜にするか決める。
 桜に限らず、木の類を採取するときは、いつも切る前に塩をまいて清め、感謝と良い色が得られるよう自然に祈る。草や枝葉はともかく、若木とはいえ、さすがに一本の木と対峙すると気持ちが引きしまる。
 さて、今年からは前回の榛の実採取の時と同様に、長男の伊織を同行しての染料採取である。私が年を重ねた分、息子も日々大きくたくましくなり、現在では我が家の力仕事の現場には無くてはならない非常に力強い助っ人になってきたのが頼もしく、嬉しくもあり、個人的には少々寂しくもあるという複雑な心境...。
 とはいえ、然しながら息子にしてみれば、榛の実採取に続いて生まれて初めての山櫻の採取である。里山歩きは結構楽しいものだが、熊笹やヤブの抜け方一つとっても今回は良い経験になるだろうと思う。この日朝の天気は快晴、まだ葉が落ちたままの楢やくぬぎの雑木林の中は明るく清々しい。足元は落葉のクッションで、水をたっぷり吸った濡れたスポンジマットの上を歩いているようだ。

 彼に問われるままに木々の名前を教えながら、素手でも何とか立ち向かえそうな山櫻の若木を探して歩き、良さそうな木を見つけると、息子にノコギリで切ってもらうことにした。作業の合間彼は何故チェンソーを使わないのかと問うてくるが、さもありなん。以外と見た目に細い木でも、いざ切り出すと結構大変な事に気付くのだ。

 山櫻は広葉樹の中でもめっぽう堅い木で、たかだか直径5〜6センチ位の若木でも、運び易いように切りきざんでいくと、結構手がしびれてくる。私でさえそうなのだから、慣れない息子にしてみれば、力まかせだけで続けていくとすぐ限界がくる。案の定バテ気味だ。
 だんだん年をとってくると、これも手抜き加減が上手くなってくるのが自分でも判るようになるのだが、まあ息子の場合は、そうなるまであと数十年はかかるだろう。要は長年の勘や経験と、ちょっとしたコツなのだ。そしてそれが自然のバランスを適当に保つことにつながっていくことになる。
 その年に自分につくれる分だけの染料があれば良い訳だから、欲は禁物、織りきれない程の糸を染めても意味は無い。他にもつくりたい作品は沢山あるのだから...。  結局、このとき集めた山櫻を粉砕機でチップにすると、全部で25kgの染材が出来た。これを抽出して染液にすると、約700〜800P位は確保できるので十分な量である。
 工房に持ち帰った山桜。切り出した丸太の切り口は空気に触れて既に赤みを帯びている。
 枝を払って、粉砕機に入れ易い大きさに揃えているところ。
 シュレッダーにかけられ粉砕された山桜のチップ。
 チップにお湯をかけて山桜の色素を抽出する。
 それにしても今から20年前、私が工房を開いたばかりの頃は、この粉砕機すら無く、チップにするまでの工程を、オノやナタを使って全て人力でやっていたのだから、想えば若さゆえに可能な事だったのかも知れない。
 前にも書いたが、細いとはいえ生の櫻の丸太はとても堅いので、これを終止ナタをふるって鉛筆削りの要領でチップ状に削り出していく作業は重労働だし、この後、数日は手先がしびれて、「織り」の工程が間に入っているときなどは、少なからず支障をきたした。
 植物染めは、どの工程をとっても決して楽ではないが、最後に完成した作品を見ると、そんな労苦も一晩の内にどこかへ吹き飛んでしまう程の魅力があるのも事実である。
- 櫻、花の生命をいただく -
 無事抽出を終えて、数日間も寝かせた今年の山櫻の染液は十分に赤味を帯び、これはあくまでも私の勘だが、恐らく良い色に染まりそうである。私がこの染めで一番こだわっているのは、櫻という染材そのものより、その花の色をどれだけ十分に糸や布に再現できるかという点にある。
 ちなみに、櫻染液の貯蔵タンクからすくってきたメートルグラスの中の抽出液は、染場の窓の透過光を透かして、きれいなルビー色に光り輝いて見える。そして、ここに試しに媒染用の試薬をスポイトで数滴たらしていくと、抽出液はみるみる赤味を増して、さらにカンパリのような鮮やかな赤に変わっていくのが分かる。今後の期待が高まる瞬間の出来事だ。
 メートルグラスの中の山桜抽出液。陽の光を浴びてロゼワインのように美しい淡紅色だ。まさにこれは桜の生命をたたえた水そのものである。

 抽出した染液は、数日寝かせることで、さらに磨きをかける。

 果たして、2009年春、櫻模様のスカーフには、今年も私ながら満開の花の色を上手に咲かせることが出来たと思っている。
 本来ならば花として咲くことを心待ちにしていたハズの樹の生命をいただいての染めは、その全ての工程に於いて感謝の気持ちでのぞみたいものである。
- 身にまとう布となるために -
 毎年、この季節になると思うことであるが、櫻染めのきものは、やはりそのたわわな花々を着る人の身体にまとうようにつくりたいものだ。一日の作業を終えて、静まり返った工房の廊下、その両側につるされたもの干し竿には、やがてきものになるために染められた沢山の桜色の糸たちが満開の花びらのように掛けられている。彼等は、その繊維の内側から淡紅色のおぼろな光を春のオーラのよう放ちながら、夕闇の中でひっそりと輝き、たたずむ。
 染め上がった今年の桜染めの糸。
 濃淡、それぞれが美しい。
 これからどんなきものになっていくのか、勿論、すでに設計図も出来ているし、デザインも決定しているのだが、この束の間、廊下に立っているつくり手の私といえば、縄跳び遊びで次に飛び込む順番待ちの子供のように、これらの染め上がった糸たちとの接点を探っている自分に気付く。タイミングを計っているのだ。
 近づく、離れる、引き寄せる、分け入る、私の仕事を言葉で表現することは難しいが、多分こんな感じだろうか。
 日毎に暖かくなってきた、ある春の宵の情景である。

 
 2009年、春に染めた糸で織った桜のきものは、完成次第、その一部をホームページで紹介する予定です。

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